リリックデザインを手掛けた作品と制作の流れ
Eve『廻廻奇譚』
● MV制作の流れ
呪術廻戦っぽい感じ、呪いっぽい感じで!
・アニメ(『呪術廻戦』)を見る
・篆書(てんしょ)をいろいろ見て造形の参考に
❶ 既存フォントで文字の入る位置が指定された動画をもらう
❷ 動画を見ながら文字の造形を数種類作り、確認してもらう
❸ 文字の造形に合わせてどのパターンが最適か、デザインのバランスなどを考えながら文字を書く
篆書を参考にした斬新なリリックデザイン
『廻廻奇譚』のリリックデザインは、ZUMAとしても代表作になる作品です。依頼内容としては「呪術廻戦っぽい感じで」とのことだったので、まず呪術廻戦のアニメを視聴しました。呪術廻戦自体、世界観の強いアニメだったのでやりやすかったですね。また、文字のデザインは、書道の篆書を見て、崩し方や造形などを参考にしています。
ワークフローとしては、私が着手する時点で既に大体の画面構成が決まっており、まず既存フォントで文字の入る位置が指定されたVコンテをもらいます。それを見ながら、文字の造形を数種類作ってPDFデータで確認してもらい、文字を作っていきます。完成した部分まで送ったら、エディターさんが合成やモーションをやり始め、その間にまた私が作って、送って…といった五月雨式でやっていきました。
Procreateでの作業画面
完成したリリックデザイン
Tani Yuuki『械物』
●MV制作の流れ
・新しい文明の文字を作るような感じで
・回路図と技の形(円や三本線でできている)を使う
・縦/横どの構成にも対応しやすいようにすべて正方形で
・アニメ(『EDENS ZERO』)を見る
・技の形をスクリーンショットで撮る
❶ 既存フォントで文字の入る位置が時々指定された動画をもらう
❷ 技の形を取り入れた文字を発明する
❸ ひたすら作る
キャラクターの技の形を取り入れた文字を発明
『械物』は『EDENS ZERO(エデンズゼロ)』というアニメ作品のMVで、「新しい文明のような文字を作ってほしい」という依頼がありました。着手する時点では、文字を入れる場所が決まっているものと決まっていないものがありました。また、エディターさんとの打ち合わせで、縦書きでも横書きでも自由に使えるように、また新しい文明の文字を作るという点でも正方形ベースで文字を作ったほうがいいという話になりました。実際にアニメを見て作業をしたのですが、エディターさんから「キャラクターの技の模様を取り入れて見るのはどうか?」と提案いただき、それを取り入れた文字を発明しています。
Procreateでの作業画面
Illustrator作業途中の画面
完成したリリックデザイン
アンジュルム 『ライフ イズ ビューティフル!』
● MV制作の流れ
・曲に合う可愛いポップな感じで!
・アメコミっぽい歌詞と標語っぽい歌詞は雰囲気の指定あり
・とにかく可愛いアンジュルムを見て、この可愛さを引き立てる
・可愛い文字を自分のストックの中から探す
❶ 既存フォントで文字の入る位置が指定された動画をもらう
❷ シーンごとにどんな文字にするか構成を考えながら書く
❸ 1番と2番で呼応する歌詞は同じデザインにする
アンジュルムを引き立てるためのデザインを
アンジュルムさんの『ライフ イズ ビューティフル!』のMVは、既存フォントを載せた仮編集の映像を渡されて、何回かお仕事をしている方からの依頼だったこともあり、「曲に合う可愛い感じで!」という依頼からのスタートでした。これはもう、MVを見ていただいた通りなんですがアンジュルムの皆さんがとにかく可愛くて、文字がなくても既にとても可愛いMVだと思うんです。そこにあえて文字を入れるんだから、相当可愛くて、相当アンジュルムを引き立てるものでないといけないんですよ。私は元々ハロプロが大好きだったのでプレッシャーもすごかったんですが、逆に言えばイマジネーションもその分めちゃくちゃ沸いていましたね。映像や衣装などのきっかけが多いためペンも進んで。モコモコした文字やポップな文字などを何種類か提出して、その時点で「最高です!」と言っていただけたので、そのままデータを出し、戻しもなくスムーズに完成まで至りました。
iPadのIllustratorでの作業画面
完成したリリックデザイン
ピンキーポップヘップバーン 『優勝』
● MV制作の流れ
・曲に合う可愛いポップな感じで!
・アニメーションGIFに合わせた世界観で
・Pinterestでポップな文字を集める
❶ 図形をいろいろ作って組み合わせてみる
❷ 色はイラストからスポイトで抽出
❸ 文字のパーツを分け、GIFに合わせてぴょこぴょこ動かせるようなデザインに
M-1グランプリなどの華やかな優勝をイメージ
ピンキーポップヘップバーンさんの『優勝』は、イラストとリリックを映像で組み合わせるパターンのMVでした。これに関しては、私は文字だけを渡してエディターさんが楽曲に合わせて映像にしています。文字はこちらで作ったものと、既存フォントをベースに分解したり、パーツごとに色を分けたものを交互に織り交ぜています。既存フォントを使うことはマイナスなことではなく、MV中にあるワープロのような文字やドットのような文字などバリエーションを出しやすいというメリットがあります。
完成したリリックデザイン
XlamV『Said that』
● MV制作の流れ
・全体のモチーフとして割れたガラスを
・繊細で感情を感じるデザインに
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❶ 既存フォントでアートボードにデザインを組む
❷ 文字を加工するシーンはPNG書き出し
❸ iPadで割れているような加工をし、画像トレース
鎖や割れるイメージの世界観を既存フォントに
XlamVさんの『Said that』もイラストとリリックを組み合わせた映像で、こちらは既存フォントをベースにした文字で構成しています。エディターが用意したイメージボードに鎖やガラスが割れているイメージなどがあったので、その世界観に合うように文字にも割れた表現を取り入れました。歌詞やメロディーが感情的だったので、繊細だけど強い意志を感じるようなリリックデザインを目指しました。
Illustratorでの作業画面
完成したリリックデザイン
リリックビデオの変遷と未来
リリックMV業界について
これからリリック業界を目指すなら自分がどんな武器を持っているかが大事
ここ数年で、リリックデザインの同業者やエディターさんが非常に増えており、それはVTuberの発展のおかげだと感じています。また、映像よりも文字のほうが圧倒的に時間やコストがかからないため、すぐに参入しやすいという点も大きいですね。
少し前までのリリックビデオの依頼状況は、リリックデザインにまで予算をかけられるビッグネームのアーティストか、歌詞を文字で出さなければ画面が持たないVTuberといった2極化の印象でした。それが現在では、そういった消極的な理由ではなく、“VTuberとリリック”というスタイル自体が、確立されたひとつのムーブメントになっているように感じます。これが流行り廃りで終わってしまうのか、文化になっていくのかは私もまだ読めていないのですが、業界にとって確実にプラスの働きになっていることは確かです。
ただ、人も仕事も増えたのはいいけれど、予算自体はあまり変わっていない現状もあるので、現実的なことを言えば今が収入のマックスなんじゃないか…、という不安もあります。私や同世代の方々がVTuberのリリックデザインをやり始めた時期のクリエイティブを見て、そういうものに憧れて業界に入ってきた人たちがちょうど今仕事に就き始めている時期です。なので、これからリリック業界を目指そうという方は、元々長く業界にいた方々とも渡り合うために価格以外の部分で対抗しなきゃいけないと思うんですよ。価格を下げるだけで対抗するのにはやっぱり限界があるので、それよりも自分がどんな武器を持っているかを知ることのほうが大事だと思います。
● リリックデザインを手がけたライブの背景映像
仕事を続けていくために
新しいものを追い求め続けるのではなく「いいものを作っていく」というスタンスでいる
私も最初の頃はポップなものを作ること一筋でやっていたんですが、これでは仕事の幅に限界があると感じて、もっと幅広いエンタメに関わるためにシリアスなデザインなどもやるようにしたんです。そのせいで、「これ!」という自分の作風がないことに焦りを感じる時期もあったんですが、自分はアーティストではなくデザイナーなので、仕事を続けるためのひとつのアンサーとして作風を広げたのは正解だったなと思います。作風を広げたからこそ、『廻廻奇譚』のような呪い文字を書く機会にも出会えたので、結果的にそれが周りとの差別化にもなったと思っています。
『廻廻奇譚』のリリックは自分でも斬新なものだったと思っているんですが、「新しいものを作り続ける」というスタンスにはいつか必ず限界がくると思うんです。例えば、アンジュルムのMVは私の中でもお気に入りなんですが、新しいことをやっているかと聞かれると、そうでもないんですよ。可愛い女の子が出てきて、そこに可愛い文字が載るリリックビデオっていうのは今までにもある表現なので。新しいものを追い求め続けるのではなく、その気持ちは持ちつつも「いいものを作っていく」というスタンスでいることのほうが、仕事を続けていくためには大切なことだと最近気がつきました。